びービーみつばち「石川のギモン」

11月7日放送

豆パンの発祥は石川県!?

給食にも出てくる
「豆パン」がテーマ
給食にも出てくる
「豆パン」がテーマ
石川で豆パンといえば
「表面に豆たっぷり」
石川で豆パンといえば
「表面に豆たっぷり」
ライバル・北海道が出現!
ライバル・北海道が出現!
戦時中からパンを作っていた
山下さんも記憶にない・・・
戦時中からパンを作っていた
山下さんも記憶にない・・・
北海道は戦時中から
豆パンが出されていた
北海道は戦時中から
豆パンが出されていた
戦後間もない頃の豆パンを
再現していただきました
戦後間もない頃の豆パンを
再現していただきました
表面に豆のある「豆パン」
発祥地は・・・
表面に豆のある「豆パン」
発祥地は・・・
石川県に決定!
石川県に決定!

今回のギモンはこちら!
「豆パンは石川が発祥?」

クリームパンやアンパンのように具がパンの中に入っているものとは違って、
豆パンは表面に具が出ているのが特徴です。
では、いつからこの豆パンが登場したのでしょうか?

学校給食が始まったのは戦後間もない昭和22年。
その2年後には、県内の一部で給食に豆パンが登場していたそうです。

この豆パンの「元祖」をめぐっては、石川のライバルがいます。
それは・・・北海道です。
北海道の大手、「日糧製パン」で売られている
人気の「豆パン」を送っていただきました。

北海道の豆パンは、豆が中に入っているタイプ。
なぜ北海道の豆パンが発祥かもしれないかというと、
日糧製パンがおっしゃるには、
「戦時中から食べていた」とのこと!

あれ?県内で給食に豆パンが出され始めたのは、戦後間もなくのはず?
そこで、給食の豆パンを作っていた三共フーズ(旧・三共パン)を訪れたところ、
当時の事情をよく知る方を紹介していただきました。

その方とは、戦時中から兄弟でパン作りをしていた山下昇さん。
現在は三共フーズとマイスターハオスの会長を務めています。
さて、石川県では戦時中、豆パンはあったのでしょうか?

「残念ながら豆パンはありませんでした」
むむっ!やはり豆パンの発祥は北海道なのか?

石川県は戦後から、北海道は戦時中から豆パンを食べていたので、
発祥は北海道の可能性が高くなってくるのですが、
北海道の豆パンをもう一度よーく見てください!
豆が中に入っているタイプですよね。
戦後はこのように豆が生地に入ったものが主流だったそうですが、
県内で見かける表面に豆が出ているものはいつ生まれたのでしょうか?

山下昇会長
「昭和43年、金沢市片町にジャーマンベーカリーをオープンさせる時に
 何かヒット商品はないかと考えていた。
 その時浮かんだのが、戦後間もなく給食に出されていた豆パンで、
 もっと豆を入れようと・・・」

戦後に出されていた給食は、味のないパンと脱脂粉乳。
これでは子供たちがかわいそうだと思い、
山下さんはコーラが入ったパンや豆入りのパンを作り、給食に出していました。

その後、県内では豆パンが学校給食の定番メニューとなり、
昭和43年には全国初の手法となる
豆を薄い生地で包み豆を表面に出して発売。
瞬く間に評判となり、全国の職人が技術を学び、
今の形の豆パンが広まったということなのです。

北海道の「日糧製パン」で売っている豆パンをもう一度確認してみましょう。
豆が生地の中に入っている昔ながらの豆パン、
昭和30年頃から売られている人気商品です。

そしてこちら、同じく「日糧製パン」で売られている豆パンなのですが
表面に豆が出ています。
山下会長が生み出した技法が使われたかどうかは定かではありませんが、
この商品が発売したのは4年前の平成15年!
道内にあるほかの老舗のパン屋でも、
表面に豆のあるパンの販売は約10年前からとのこと。

石川県では昭和43年発売なので、
北海道よりもずいぶん前に登場していたことになります。

つまり、豆パンを最初に食べていたのは北海道かもしれません…。
が、ケツロン!
豆が表面に出ている豆パンは、石川県が発祥!」

しかも学校給食で、早くから豆パンを出していたのも石川県!
豆パンが県民に愛されている訳ですね。

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