2017年9月25日〜29日 白山市 河内町金間・下折・内尾


イノシシの食害が悩みの種です。

白山市金間(きんま)です。

吉田美鈴さんは気さくで親切。
栽培するアサツキを守るため、
緑のネットを掛けています。
近くの採石場へ大型トラックが行き来します。
この方はたまたま軽自動車で
通りかかり、声をかけてくれました。
先々週放送した河内町久保の
横山クルミさんに、行ってきたそうです。

吉田さんが親しく話していますが、
初対面だそうです。
金間には
「砂金を集めていた」といういわれがあり、
「金間という名前の力自慢の人がいた」
という説も。

地域を守るのは「金満神社」です。
お参りすると、縁起が良さそうです。
ついついお金のことを考えます。
いまの拝殿を建設するために、
古い拝殿を撤去した後は、10m四方の空地。
高さ30m級の杉の木が囲む不思議な空間。

「吉田さん、パワースポットですよ。
  空にひっぱりあげられるような気持ちです」
「…ほんで良いかね、撮影は」。

電力会社の石見さんと上田さんは、
2人一組で 電柱の点検をしていました。
最低、5年に一度、全て点検します。
細い枝でも、引っかかると停電の恐れも。

プライベートで町を歩いていても、
電柱が気になるそうです。

吉田さんのお宅のほうきです。

竹ではなく「ホウキ草」で出来ています。
「コキア」とも呼ばれる植物です。
束ねて乾燥させると、しなやかな茎が残り、
そのままホウキとして使えます。


吉田さんに紹介された内田さんのお宅。

200年の歴史があるという漆塗りの帯戸です。
戸板それぞれ一枚板ですので、
その幅の大木から切り出したものです。
いまも鏡のようにピカピカに輝きます。

内田外男さんが小学5年生のとき、
仙人のような老人が訪れ、
一宿の恩義に、
イチョウを一刀彫した帝釈天があります。

いまも内田家の床の間を守ります。

高さ30センチほどのほっそりとしたお姿。
「戦争が起きる。そして負ける」
とその「仙人」は言い残していきました。

その後約80年。
太平洋戦争とその後の動乱の時代を、
内田家は平穏に過ごせたそうです。

「何にもないというのが、ありがたいことです。
  日本中が混乱していた時に、
  内田家は何もなかったのでしょう」

私の言いたかったことを、
上手に吉田さんがまとめてくれました。


河内町下折(そそり)という所です。
長田さんはここで猟師をしています。

直海谷川沿いの急斜面に、
食肉処理の施設や皮革製品工房があります。
ヤギを飼っています。
名前はゼンマイ。
ご夫婦の好きな山菜の名前をつけています。

「勝手に草刈りをしてくれんですよ。
  将来はミルクを採ろうと思います」
とご主人。
谷の方には、イノシシの子どもウリボウも。
自給自足の生活を目指して
山に移り住みました。
食べるものが変わり、体が変わり、考え方も。

「山の生き物は財布をもっていない。
  食べものが豊かで明日の心配がないなら、
  自分にとって山は天国」
と話していました。

セイモアスキー場は1987年にオープン。
スキー客のためのペンションや民宿が
あります。

ここは白山市河内町内尾(うつお)。
この道の突き当りの集落です。
先には道がもうありません。


内尾区長の谷端さんも、
冬はレンタルのスキーや
スノーボードの仕事をしていますが、
この時期は魚の養殖の仕事が忙しいです。

山からの豊かな水を使って
イワナ、ヤマメ、 ニジマスの
養殖をしています。

5センチほどのイワナの稚魚が、
群で泳ぐ生簀(いけす)がありました。
網で捕獲してみました。

ニジマスが素早いので苦労しました。
網の中で元気良くうろこが光りました。


直海谷川沿いは、夏から秋へ。
私の旅も新しい道、新しい町へ。
 

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