白山市石同新町の公民館長は
その名も石堂雅嗣さん。
貴舩神社の前に由来書が
あるとのことで一緒にお参り。
石同新町の旅の始まりです。
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白山市石同新町の公民館長は
その名も石堂雅嗣さん。
貴舩神社の前に由来書が
あるとのことで一緒にお参り。
石同新町の旅の始まりです。
巨木の下の「石堂」が村名となり、
そこから「石同町」が生まれ、
「若宮」「末広」などが分かれ発展。
石碑の由来書から学びました。
935年、3つの集落が合併の際、
国司の「松木氏」に「任せた」ことが、
「松任」という地名の始まりとも。
勉強になる境内でした。
公民館には獅子舞の写真がズラリ。
広間では、獅子舞の稽古をします。
最も古い昭和44年の写真には、
まだ10代の頃の石堂さんのお顔。
口を開ければ、幅45センチ。
耳から耳まで85センチ。
人の頭もすっぽりです。
獅子頭は今年4代目に新調。
石同新町の誇りです。
林さんご夫婦の建築板金工場。
ガルバリウム鋼板の板を折り、
屋根の「棟」を作っています。
息を合わせて折り返します。
「高い所、絶叫マシンとかは
乗れるタイプ」と奥様・麗子さん。
屋根の仕事にも向いていたそう。
「常に一緒に居ていただけて
感謝」とご主人・勇吉さん。
高本華奈さんと旭柊くん親子は
生粋の石同新町の生まれ。
華奈さんは小学生女子で初めて
獅子舞の棒振りをしたそう。
近所の建具屋さん・木下さんは
玄関先に馬蹄を2つ掛けています。
「先代からずっと掛けてあります。
そういわれると不思議ですね」
木下さんが案内してくれたのは
近所のことに詳しいという「お寺」。
そこは、誉も通った路地でしたが、
「お寺」があるように見えません。
普通のお宅のように見えましたが
玄関の長押に「常照寺」の文字。
ここがお寺だったとは。
奥に広く長いお御堂があり、
内側の梁に鐘が吊られています。
佐藤哲住職のお父様は美術教師。
お仏壇手前の「無心庵」の扁額は、
石膏で制作されたものです。
息子の哲さんの結婚祝いとのこと。
手前の絵は、サケ切り身の花活け。
お参り先のお父様が描いた作品です。
お寺のお御堂に生魚の絵とは。
全て受け入れる懐の深いお寺です。
意外な縁に溢れた石同新町の旅。